地蔵さんへの代理参拝の話

楽しく暮らす、その一助としてのお地蔵さんの話

代理参拝のできるお寺とできないお寺

地蔵親子色付き500
結論から書きますと『ご本尊が地蔵菩薩』であること
こういうお寺は非常に少ないのです
ほとんどが釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来などの如来さんがご本尊
もう一つ多いのが観音菩薩などのお寺
日本の宗教には大きく分けて4種の仏像というか仏さんがあります
如来、菩薩、天、明王がそれです
如来は悟りを啓かれた方という意味で先ほどの阿弥陀さんなどがそうです
菩薩はまだ修行中で悟りを啓かれていない方、いわゆるお医者さんでいえばインターン、研修生といったところです
天は毘沙門天や大黒天などといいたもの、明王は不動明など
この天や明王は本来はヒンドゥー教などほかの宗教などから釈迦の死後に仏教に取り込まれたものです
これらの仏のうちに本当に実在されたものは『釈迦如来』だけです
あとは空想のものです
yakusi光背つき
ただ、観音菩薩だけはお釈迦さんの修行中の姿を模したものです
この実際に実在されたお釈迦さんはインドの小国の王子さんで、死や老いる事などの恐怖から。国民や家族を捨て。その恐怖から逃げるために山中にこもられて悟りを求められたそうです
しかし、そういうものでは悟りは得られない、とわかり下山されました
悟りとは凡人にとって死を意味する、と思われたようです
そしてその体験をインドの自分の国で辻々に立たれて大衆に話されたのです
その根本思想はあの世などあるかどうかもわからないものに気を使うのは無駄なことだ
そいうことよりいかに今のこの世で楽しく暮らすかを考えなさい
そして、その具体的な方法を、一人ひとりの質問に答えられた、いわば人生のコンサルタントのようなかたっだのです
そういう本来のお釈迦さんの指示で我々大衆を救う役目の仏さんが地蔵さんなのです
お寺の本尊とはいわば当たり前のことですがその家の主人といえます
人に頼み事するにはその本人にお願いするのが本筋で、主人以外の方にお願いしても願い事が正しく届く保証はありません
本気でお願いするなら、その家のご主人が不在ならまた出直すはずです

お寺への祈願も同じことです
お地蔵さんにお願いするのにほかの仏さんの家に行っても意味はありません
お寺によっては本道の脇に地蔵堂などがあることもあります
それはいわばたまたまその家に他の用事でこられているお客さんのようなものです
そういう他人さんのところに用事で来られているときにお願いごとをするのは【失礼】だし、願い事をされた方も本気では聞く気になれません
お寺での祈願も同じことが言えます
それらのことを総合すれば『本気でお願いしたいなら』『本尊が地蔵菩薩』のお寺に行かなければ【ごりやく】は薄いといえます
そういう観点から私たちの代理参拝は『お地蔵さんが本尊』のお寺にしか行きません
では具体的にはどこなのでしょうか?
その代理参拝のできるお寺についてはここをクリックしてください


関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 | HOME | 

プロフィール

お地蔵club

Author:お地蔵club
二種類のがんを患い、4度の手術、最初の発病から30年
それでも今は最後の再発から5年経過、無事完治しました
近代科学・医療のおかげでもありますが、最後は【絶対に治す】という自分の心~それが自己治癒力を引き出したものと確信
医学と自己治癒力、その源になったのが地蔵信仰心

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

100才人生の勧め (11)
未分類 (0)
今日のニュース (0)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR